最近、余白人間て言われてるので、ちょっと考えてみた。(いい意味らしい)
人生にゆとりは大切。
ゆとり世代として、そう思う。
体調不良で学校や仕事を休むのが悪いのか?
体調不良で休むのは仕事が回らなくなったりすることも多いけど、自分の体調管理も含めて取り組むのが本来必要なことであって、良し悪しでは考えられないかと…。
休むという決断をするのも勇気だし、大切な事。
むしろその体調を悪化させたり、体調不良で正常な判断ができない状態で仕事したり、他の人に菌をばらまく方が先を考えるとダメ。
何を優先させるべきか、ということを誤っているケースが多いように思う。
体調管理する余裕がなく根詰めて、それから休養を取ることなく、そのループで身体・精神を壊す人たちが増えているのだから。
自己犠牲の上に成り立つものは、結果的にその繰り返しになる…
人生においてやりたいことや明確な目標・目的は必要か?
→あればあったでいいと思うけど、なくてもそれはそれでいいと思う。あることによって幸せな人もいるし、逆にないことで毎日を楽しく、幸せに過ごしている人もいる。人それぞれ。価値観を押し付ける必要はない。
好きなことは変わるし(絶対変わらないというものはありえないかと)、やりたいことや目標・目的が変わっていくことも当たり前(価値観の変化・成長)。
現時点でのやりたいことや目標・目的があれば自分を律したり、努力したりするのだろう。(でも、人間だからね。機械的には動けない)
ゆるく生きていると、幅広い視野で色んなものが見えてくる。その時自分に余裕があれば、飛び込めばいい。
余裕がないのなら、無理して飛び込まなくてもよいのでは?
これをやる!!と決めて没頭するのもいいだろう。
ただ、それがいつのまにか義務(強制)になって目的を見失ってしまってるのなら、1度立ち止まった方がいい。(手段の目的化)
そういった時は原点に立ち返る。
その状態で成し遂げたとしても、望む形が変わってしまうだろうから。
好きでやっていたことが、やりたいと思ってやっていたことが、いつのまにか…
もし、そーなっているのならば、1度距離を空けるのもありかと。
それでもまだ、本当に思いが残っているのなら、リセットした状態でやればいい。
また、そーなった状態の時に、そこで固執せずに、そこからの自分の変化に対して柔軟になった方がいい。
あれこれ決めすぎると、その後動けなくなってくるから。
あくまでも、自分の意思で、やりたい時に、やりたいように、やる。
それぐらいゆるい方がいい、自分は。
常に全力で生きれるわけじゃない。
常に余裕を持っている事で、余白がある事で、伸びしろを作れるんだと思う。
人生にゆとりは大切。
ゆとり世代として、そう思う。